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メディア論、メディア技術史、文化社会学を専攻している飯田豊(立命館大学)のウェブサイトです。
 
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無線の技術史、ケータイのメディア史

研究の背景
僕たちは新しいメディアの「新しさ」を純粋に知覚することができないため、携帯電話は近年まで、「線の切れた電話」であるという隠喩的理解のもとで普及を遂げてきました。しかし、携帯電話に代表されるモバイルメディアの潜在的な可能性を見据え、より望ましいあり方を発現させていくためには、それが「電話」の延長線上に社会化したという自明性を「異化」する歴史的補助線が必要であるのではないでしょうか。この研究では、「(有線)電話」とはまったく異なる発展を遂げた「無線電話」の歴史を手掛かりとして、「電話」 の様態を前提とする”電話史”の構図とは一線を画す、“モバイルメディア史” の可能性を展望しました。
研究の目的
マス・コミュニケーション史の伝統とは一線を画して、相対的に新しいメディアである携帯電話に取り組む歴史家の利得は、自分自身が使用してきた端末の使用感、あるいはその端末に関わる甘い(苦い ?)思い出など、携帯電話の揺籃期から今日までの時代を生きてきたという実体験を持っていることでしょう(それゆえ時として世代差が浮き彫りにもなるのですが)。ところが、携帯電話の歴史をあらまし見聞しているからこそ、かえって、それが「線の切れた電話」であるという隠喩的理解を相対化することが難しい場合もあります。無論、今日の”スマートフォン”は、もはや「電話」というひとつのメディアの系譜上に枠付けられるものでないことは明らかです。それにも拘わらず、われわれは経験的に、携帯電話が少なくとも当初は、戦後の家庭生活に根ざした「電話」の延長線上に社会化したという認識を、あまりに自明のこととして抱いてしまってはいないでしょうか。
携帯電話に代表されるモバイルメディアの社会文化的な意味合いを明らかにし、より望ましいあり方を積極的に創出していこうと指向するならば、この自明性を歴史的に問い直すことがその端緒となるでしょう。そこで本研究では、携帯電話の歴史を、「電話」の一領域として実体的に捉えるのではなく、むしろ無線技術の一領域という認識に立ち戻ることで、電気メディア社会の編制という視角から構成的に把握することを試みました。換言すればそれは、「線の切れた電話」としてのケータイに対して、ブレヒト的な意味での「異化(Verfremdung)」をメディア史的に実践することに他なりません。
この研究は、東京大学大学院情報学環を拠点とする「モバイルメディアの文化とリテラシーの創出を目指したソシオ・メディア研究」(研究代表者:水越伸)の一環として執筆されたものであり、本研究で提示した分析枠組みには、この共同プロジェクトを通じて得られた知見が援用されています。なお、このプロジェクトは 2004、05年度、NTTドコモ モバイル社会研究所のコア研究のひとつに位置付けられていました。

研究の成果

本研究の成果は、以下の論文でご覧いただけます。